川崎市のシェアハウスに引っ越す案

この感じは何だ。ずっと泣き続けると決めてからここまで歩いてきた訳だが、何も変わらない景色が続いていて、その景色もやがて暗くなりそうな、そんな印象を受ける。

この道を来ることを決める前はどんな道を歩いていたのだっけ。正しいものと間違っているものが色濃く混じり合っていた。とても馬鹿げている何かがあったような気がする。何だろうか。間違っているものを間違っていると言っても誰も信じなかった。少なくとも自分の身の周りの人間はそうだった。自分を捻じ曲げようとした。ただ家以外に居場所を求めるためには切り捨てる覚悟が要った。また自由で無かった。あの時の自分にこの家族を殺すことは出来ただろうか。殺して仕舞えばどれだけ楽だったかしれない。

結局革命は起きた。結局血が流れることになった。考えなくともよいという軽快さは殺さねば得られぬ。しがらみは自分を守りもするし殺しもする。守る気はないと決まれば一択。選択できるのだとして、何がきっかけとなるか。行動は何だ?川崎市?気持ちが一新された時その反動で何が起こるか。何かが起こるかもしれないし、起こらないかもしれない。本当にそんな気持ちになるとは限らない。信念が足らないからである。信念が生まれるだけの何かが自分には必要だった。神性に反応はない。でも微かに予感させられるものもあり、それも一手。